DATE 2008. 7.10 NO .



「……負けちゃったんですね」

「イ、オン…さま?」

 傷ついた少女が、わずかに身じろいだ。

「ごめ…な、さい…アリエッタ、イオンさまのために…」

「――もう、いいですよ」

 彼は、その耳元で囁く。

「アリエッタは、よく頑張ってくれました」

 少女が思い浮かべているであろう少年の声音を真似て、

「ほんとうに、ありがとう」

 優しく、

「…おやすみ」

 残酷に。

「フェレ…へ…いっ、しょに…行け、なく、て――」

 自分の方へのばされた手を取ろうとした瞬間、糸が切れた人形のように、ぱたりと。

「……」

 彼は立ち上がり、動かなくなった少女を見下ろした。



「――死んだよ、ラルゴ」

 シンクはアリエッタから視線を動かさないまま、少し離れた所にいたラルゴを呼んだ。

「…これで、良かったのか?」

 ラルゴはアリエッタを見やり、静かに問う。

「口を開けばイオン様イオン様――シアワセな最期を演出してやったんだ、感謝されてもいいんじゃない?」

 最期まで何も知らずにいたアリエッタは、死んだ。

「イオンもアリエッタも死んだ。これでようやく顔を隠す必要がなくなるよ」

 すぐ傍、仮面の下に、求める人と同じ顔がある事さえ、知らないまま。

「お前は、これで良かったのか?」

 予想外のラルゴの言葉を聞き、シンクの口元に笑みが浮かぶ。

「ボクがこれで良かったのかって? …ははっ、いいも悪いも、ボクに何の関係があるっていうのさ?」

 ラルゴはしばらく押し黙って、

「……なら、いい」

 ようやく短い言葉を紡ぐと、踵を返してアリエッタの傍から離れて行った。



「ボクの物真似、気に入ってくれた?」

 何も知らされなかった少女は、眠りについた。

「じゃあね、アリエッタ」

 もうあの瞳に苛立つ事も、ない。







≪あとがき≫
 苛立つ理由は、わからないまま

 アニスに対してやったのとは、また違う感じで。
 本編ではシンク一切出てこねーよ、という突っ込みは無しの方向で。





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